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■アイス
スケートはなぜ滑る?

 アイススケートがなぜ滑るのかについては、昔から色々な説が考えられてきましたが、今も結論に至っていません。分子レベルでの摩擦や氷についての、学術的な理論が必要で、決して簡単なものではないからです。そんな中でも、いくつかの有力な説が現れては、消えていきました。私の考察も交えながら、アイススケートがなぜ滑るのかについて、ちょっと考えてみたいと思います。

 まず最初に、古くから言われている仮説を2つほど取り上げてみます。この2つは、現在ではほぼ否定されています。しかしながら、長い期間信じられてきた理論でもあり、スケートの歴史を語る上では興味深い要素でもあります。スピードスケートなどは特に、これらの理論を取り入れて進化してきました。更なる速度の向上のためには、理論こそ根拠となります。そんなことも想像しながら、話を進めてみます。

1.圧力融解説

 水が凝固すると、体積が大きくなるという特性を元に、考え出された理論です。氷は水より軽く、水は氷より重たいです。物質の凝固点や融点は、圧力によって変化します。水は高圧状態では、温度が低くても、液体のままで存在しやすい物質です。スケートの刃と氷の接触面に強い圧力がかかっていると、氷が水となリ、接触面が潤滑されるという理論です。

 しかしこの説では、説明できない事例が多々あります。例えば、-25℃や-30℃といった超低温下でも、ちゃんと滑ります。つまりは、水の潤滑という助けが無くても滑る、という事を説明しなければなりません。また、スケートではなく「そり」で考えてみると、そりに荷物を載せれば載せるほど滑りやすくなるという事はありませんし、何も載せていない状態のほうが、滑りがいいです。そりはスケートと比べると、氷との接触面が広く、圧力が低いと考えられます。しかしこの例で考えると、圧力と滑りやすさの因果関係は、逆転していますね。圧力と滑りやすさには関係がない、むしろ圧力は滑りにくさとなると、私は考えています。

2.摩擦融解説

 スケートの刃と氷との摩擦によって氷が融け、その水によって潤滑されるというのが、摩擦融解説です。最近までこの説が有力視されていましたが、現在では否定派が大多数です。なぜなら、この説にも重大な矛盾があるからです。この説では、摩擦熱によって氷が融ける、と説明していますが、氷が融けて水になると、潤滑されて摩擦が減ってしまいます。すると、摩擦熱も減りますから、氷は融けなくなるはずです。滑りやすくするためにスケートの刃を研げば研ぐほど、摩擦は減り、滑りにくくなるはずですが、実際はその逆です。この説は、滑りが良くなればなるほど、滑りにくくなるという自己矛盾を抱えています。根本的に、間違っているといえます。

 上記の2説では、水の潤滑という点に着目していますが、実はそもそも、それに囚われすぎている事が、真実を見出せない重大な勘違いではないかと、私は思います。何より、氷は融けなくても、極めて摩擦係数が低い物質なのです。なぜそうなのか、そこから考えていけば、スケートがなぜ滑るのか、その答えが見えてくるはずです。

3.凝着説

 凝着説とは元々、摩擦力を説明する為の理論です。接触面の分子同士に働く分子間力、分子レベルでの接触面で摩擦力を考える理論です。分子レベルでの接触面積が広ければ摩擦も強くなり、逆に面積が小さければ、摩擦力が弱くなるというものです。

 凝着説による氷の滑りやすさの根本的な考え方は、「氷は固体潤滑剤のような性質を持つため、摩擦が小さい」という学説に基づきます。これによれば、固体から液体というプロセスも関係ないし、水の潤滑そのものは滑走の手助けはしますが、滑りやすさの根幹ではない、ということです。氷そのものが滑りやすいから、滑るのです。こう言ってしまえば簡単ですね。それを否定する要素なんて、そもそもどこにもなかったのです。

 まず、氷の結晶構造から検証しましょう。

 通常のリンクで製氷された氷や、湖沼に張る氷の分子は、水素結合で構成されます。他の固体と異なり、隙間だらけの分子構造です。この隙間だらけというのがかなり重要です。その為に、水よりも氷の方が体積が増え、特殊な結晶構造となります。氷の結晶といえば、雪の結晶を思い出せばすぐわかると思いますが、六角形の結晶ですね。結晶構造としては、あの雪の結晶と考えて差し支えありません。最近話題のエネルギー源「メタンハイドレート」は、氷の分子の隙間にメタンが溶け込んだものです。メタンが隙間に閉じ込められるくらい、スカスカ状態なのです。にもかかわらず、氷は結構硬い物質です。人間の体重を支えられる充分な硬さを持っています。そして、剪断強さが弱く、横方向に滑らせる力で簡単に壊れます。これらの要素が、地球上でも特に摩擦係数が低いという特性を、与えているのです。

 スカスカ状態ですから、スケートの刃と接触している部分も、実は網目の上に乗るような状態なのです。分子レベルでの接触面が小さい為、摩擦係数が低くなり、とても滑りやすくなります。さらに、刃で氷を削ればすぐわかりますが、横方向に対してはかなり弱く、氷は簡単に削れてしまいます。これは氷の剪断強さが弱いという特徴によるものです。この特性による分子レベルでの崩壊も、滑りやすさを助けています。もっとも、ブレーキングの場合は氷を削る事によって止まりますが、これが氷と刃に作用する最大の摩擦ともいえます。そもそも、これ以上の摩擦など刃と氷においては存在しないのです。

 カーブで刃を横滑りさせない為には、深いエッジワークが必要となります。深いエッジとは、刃が氷に深く食い込んだ状態です。これを作り出すには、しっかりとエッジを斜めに立てて、斜め方向に氷を壊す必要があります。ある程度深い溝となれば、横滑りしにくくなります。剪断の力が氷に分散して、しっかりと曲がることが出来ます。

雪道とスタッドレスタイヤについて

 車のスタッドレスタイヤの進化にも、似たような要素があります。かつては、氷雪路面とタイヤの間の水が滑る原因と、言われていました。もちろんそれも滑る理由ですが、その解決だけでは現在のような、滑らないタイヤを作る事は出来ませんでした。タイヤのブロック形状や、サイプの引っかきなど、氷雪に食い込ませるための理論が、何より重要です。タイヤのゴムがスポンジ状になっているのは、吸水性を高める為だとも言われていますが、これは上の2説同様、矛盾してしまいます。タイヤが水を含めば、余計滑りやすくなるとも考えられるからです。実の所、スポンジ状は表面の摩擦力を高めてると私は考えています。スカスカ状態の氷に対し、スカスカ状態のゴムであれば、ザラザラ同士の表面ですから、お互いが食い込んで滑りにくくなります。

 面白いのは、タイヤが雪で滑る説明に、スケートの例が出されていたりします。これが上の2説に基づくものだったりするので、それらの理論も矛盾を抱えると言う事になってしまいますね。

■氷筍による単結晶

 この凝着説を元に、長野オリンピックの頃に「氷筍リンク」というものが作られました。これは、単結晶の氷を敷き詰める事により、最も摩擦係数の低い状態のリンクを造るというものです。氷筍とは、水が滴り落ちてできる「氷のたけのこ」です。つららの上下サカサマのやつですね。この氷筍は、ほぼ完全な単結晶構造となっています。つまり、六角形の構造がきれいに整っているわけです。これが摩擦係数とどう関係するのかというと、実は六角形の氷の結晶では、六角形を平らに置いた状態の上下の面が、最も摩擦係数が低いのです。要するに、六角形をきれいに敷き詰めれば、摩擦係数は普通の氷よりも低くなる、ということになるのです。

 氷筍リンクの作り方は、まず単結晶の氷筍を作ります。純水を0℃以下の環境でポタポタ垂らし、氷筍を作っていきます。時間をかけて出来上がった氷筍は、六角形の結晶が水平になった、きれいな単結晶になっています。これを輪切りにして、薄い板にします。この板をリンク全面に敷き詰めます。全面に敷き詰めたら、通常通り氷を作っていきます。多少の隙間は問題なく、氷は隣り合った分子と手を繋ぐように、固まっていきます。上に作られていく氷も、氷筍の単結晶と結ばれながら、きれいな単結晶を構成して固まります。これで、通常のリンクと比較して26%も摩擦が少ない、氷筍リンクが完成します。

 この「氷筍リンク」では、実際のスケート記録として、スピードスケートのタイムが大幅に縮まる事が立証されました。ただ、これまでの説明をお読みの方ならピンと来るかも知れませんね。このリンク、実は曲がるのが困難なのです。曲がろうとするには、氷の剪断をある程度利用する必要がありますが、それが難しくなり、結果としてカーブで横滑りしやすくなるという弊害があるのです。同様に考えれば、ブレーキがし難いということも見えてきます。フィギュアやホッケーには向かないリンクであるともいえます。スピードスケートなら、周回トラックの直線部分に氷筍リンクを用いて、カーブ部分には普通の氷を使うという手もあります。また、氷筍を斜めに切る事も可能ですから、カーブの横方向に対してしっかりと剪断がかかるようにすることも、不可能ではないはずです。これらは、今後の課題といえますね。

 氷筍については、実際のリンクですとかなり悩ましい存在です。特に夏場に発生しやすく、天井に着いた露が雫となってリンクに落ちて出来る、たけのこ状の氷もまた、氷筍に違いありません。本来水平面のリンクに出来る氷のたけのこですから、取り除かなければいけません。鉄製のトンボや雪かきなどで削りますが、先に書いた通り単結晶の非常に硬い氷となっていて、簡単には削れません。維持費を削減するために、夏の間冷房を弱めに設定していたリンクの多くで、この氷筍との戦いが繰り広げられています。酷い時にはリンク上に何十ものたけのこが出現し、その駆除に大変な苦労があるそうです。

 また、管理上問題になるのは、たけのこが出来るだけならまだしも、リンクの氷を少し融かして固まる事。その為、水平に削った後に、透明な水溜りのような氷が出来てしまいます。これこそ氷筍の単結晶です。厄介なのは、全面が単結晶ならともかく、ほんの一部分だけ単結晶になるため、その部分だけ削れず、時間がたつと盛り上がってくるのです。そうなると、上級者でさえこの氷筍によって転んでしまう事があります。そう考えると、単結晶というのは意外と使いづらい氷なのかも知れません。

 

つづく  24/02/01 16:03 更新

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